戦隊ヒロインについての基本的な考え方

(最終更新 2014.11.21)

戦隊ヒロインチャート  詳しい議論については戦隊史学基礎および特撮ヒロインの女性学(途中)で行なっているので、ここではごく大雑把な理論と、勘違いしやすい二つの点についてだけ述べる。

 戦隊ヒロインの魅力の源を、一言で言い表すとすれば、それは「矛盾」ということになろう。
 戦隊ヒロインは、矛盾する二つの考えに基づいて成立している。つまり
  (1) 正義を愛する心に男も女も違いはない
  (2) しかしそれを実現させるための戦いにおいて、男と女とでは能力に大きな違いがある
 1975年に戦隊シリーズが始まる前の特撮ヒロインは、(2)の立場のみに立ち、正義を愛する心すら、女は男に劣るような描き方をされることが多かった。戦隊ヒロインは、(1)(2)という矛盾する二つの観点を取り込んだことによって、奥行きのあるキャラクターとなることができたのである。
 勘違いしてはならないのは、これは(1)が(2)よりも優れているということではない。あくまでも両者対等という扱いである。戦隊シリーズは決して(2)の立場を捨てたわけではない。もしそうしていれば、それは単に男の役割を女がするというだけの話になっていたであろう。
 戦隊シリーズの第一期に属する五作品はいずれも(2)重視型であり、以後(1)重視型の作品が増えていくことになるが、これも戦隊シリーズが作風の幅を広げていったことを意味するのであって、別に保守的な作品から進歩的な作品へと発展していったわけではない。
 (1)の立場にたてば、分業などなく男も女も同じように戦うことを理想とするし、(2)の立場にたてば、戦いは男の仕事・それを物心両面で支えるのが女の仕事という、性によって役割を分担するのが理想となる。戦隊マップでいえば(1)が私度に当たり(2)が公度にあたる。私度が高い作品のヒロインは、個人としての強さを持つことが求められ、ピンチになっても仲間が助けてくれることを当てにはできない。それに対して公度の高い作品のヒロインは、組織の一員として、仲間を思いやり励ます優しい心の持ち主であることが必要とされる。個人の強さは重要ではない。前者が「強さ」、後者が「やさしさ」。別言すれば「かっこよさ」と「かわいらしさ」、それが戦隊ヒロインの魅力の二大要素となる。
 ここでもう一つ勘違いしてはならないこと。公度や私度が高いほど魅力も大きいというわけではない。物語の主人公に対して視聴者が抱く感情は二種類ある。憧憬と共感である。強いヒロインや広い心を持った優しいヒロインに対しては、視聴者は憧れの感情を抱くし、弱いヒロインや狭い心のヒロインに対してはシンパシーを感じる。別にどちらのほうが立派な感情というわけでもない。これまた両者対等である。大は小を兼ねないし、また小が大を兼ねるわけでもない。
 戦隊ヒロインの魅力を論じる上で重要なのは、そのヒロインが作品の世界観に合う性質を持っているかどうかである。緊密なチームワークを武器に戦う戦隊においては、自立した個人としての強さなど持っていても役に立たないし、逆もまた同様である。
 たとえば3公5私の作品であれば、そのヒロインには3のやさしさと5の強さを持つことが要求される。その役目を果たそうと、どれほど頑張っているかによって、ヒロインの魅力は決まる。それは作品一つ一つについて詳しく見ていった上で判断するしかない。万能の物差しなど存在しないのである。