ネズミがネコをいたぶるように

―― 悪のヒロイン・マズルカに関する考察

(最終更新 2010.1.13)

マズルカの変装一覧
2女ギャング後楽園ゆうえんち内をうろつく
4農婦メロンボンバーの種まき
5紙芝居の客おじいさんを拉致
8空港の客サリー博士の動向を捕捉
9忍者バクタケの村で暗躍
10泥棒ミニサイザーを取り返そうとする
16市民市民とゴーグルファイブの会話を盗み聞き
17水着サトル少年を監視
18白衣の研究員高田博士の研究を盗む
19口裂け女建物に幽霊屋敷という評判を立てる
20空港の客ミス・テレサの動向を捕捉
27市民(2通り)町の視察・病院への潜入
28巫女モズー復活の儀式をとりおこなう
33パルジャ国の召使い腕輪を奪う
39ちり紙交換業者悪魔の絵本を配る
40シスター秘密基地を追跡
43看護婦野熊一家を拉致
44出前持ち黄島を仲間に誘う

 これほどまでに邪悪な笑顔というものが存在するのだろうか?
 第39話「悪魔の人食い絵本」において、桃園ミキがデスダークの手に落ちたと聞いたときにマズルカが浮かべた表情。嗜虐心に満ち満ちたその笑顔を見ただけで、いったいミキはこれからどんな恐ろしい目にあわされるんだろうと、視聴者は感じたことであろう。
 そしてその直感は寸分違わず実現することになる。
 『大戦隊ゴーグルファイブ』という作品において、悪のヒロイン・マズルカの存在は、一体どういうものであっただろうか。
 暗黒科学帝国デスダークの女スパイ。変装の名人であり、主な任務は人間に化けて諜報活動を行なうことである。一般人がデスダークの起こす事件にまきこまれたり、ゴーグルファイブと接触をしたりするような場合には、かならずマズルカの監視の目が光る。穏やかな日常を営む善良な一般市民が、デスダークに協力するよう脅迫され、悪の手先として利用されるといったケースは数知れず、マズルカの卑怯な手に、ゴーグルファイブが一体どれほど苦しめられたことか。
 戦隊シリーズの歴代作品において、最も邪悪さを感じさせる悪のヒロインは誰かと問われれば、私はためらわずマズルカを挙げる。
 しかしこれほどまでに成功したキャラクターでありながら、翌年からこのタイプのキャラクターは戦隊シリーズから姿を消してしまうのである。
 歴代戦隊ヒロインの写真集やビデオ総集編が発売されるときも、マズルカは一応収録されはするが、その場合なんか浮いているのである。
 翌年の『科学戦隊ダイナマン』のキメラは、ジャシンカ帝国の王女として華やかなスポットライトを浴びながら登場、一躍人気キャラとなる。王女としての気位の高さも、派手な衣装も、明らかにマズルカと正反対を指向したキャラであることが見てとれ、そして以後の戦隊シリーズで主流となったのはキメラであり、マズルカは忘れ去られることになった。
 しかし、いくら彼女たちの人気が出たところで、マズルカの陰険邪悪さは群を抜いていた。正義のヒロインを足げにして「苦しめ! もっと苦しめ!」といたぶり高笑いをするようなシーンはその後も何度も見られることになるが、いずれもマズルカほどの迫力を感じさせることはなかった。
 なぜか。
 マズルカはデスダーク内では「下っぱ」だったからである。
 肩書きは一応諜報部の長らしいのだが、部下が出てくるわけでもなく、作戦の立案に加わらせてもらえるわけでもなく、デスマルク大元帥やデスギラー将軍の前でひざまずき命令を受け、彼らの手足となって作戦を実行するだけ。フットワークの軽さは彼女の魅力の一つではあったが、それは単に下っぱとしてこき使われていただけのような気もする。黒を基調とする衣装は、諜報部員にふさわしいものではあるが、キメラ以降の華やかな歴代女幹部に比べれば地味と言うしかない。
 常に戦いの最前線にいたマズルカであるが、ゴーグルファイブと剣を交わすことはほとんどなかった。彼女が右手に握ったスティックは、そんな目的のために使用されるものではない。標的は常に一般人であり、弱い彼らを苦しめたり脅したりするのが彼女の任務なのであって、かりにゴーグルファイブと戦ったりしたら勝ち目がないのは明らかであった。
 戦隊シリーズの歴代の悪の幹部は、卑怯な作戦を実行することが多い。しかしそれはあくまでも、世界制服なり人類滅亡なりといった大きな目的のために、卑怯な手段をとることもいとわない、というものである。
 下っぱであるマズルカにとっては、無縁のものである。
 他に目的があってそのために卑怯なことをする、という連中とは違う。卑怯さは彼女の存在意義のすべてであったし、卑怯さにかける意気込みという点では他の連中の追随を許さないのも当然のことであった。
 マズルカ以降の悪のヒロインは、みなそれなりに上級幹部として枢要な地位につき、格闘技や剣技の達人として正義のヒーローたちを苦しめたり、優秀な頭脳でもって狡猾な作戦を立案したりしていくことになる。
 その有能さに応じて、彼女たちのプライドも高くなっていった。
 たとえば、王女キメラはダイナピンク・立花レイのことを「あの子」と呼んでいた。格下扱いである。歴代の作品では、五人の正義の戦士の中では女戦士など一番格下に位置するのが通例であったし、地上支配をたくらむ帝国の幹部ともなれば、そんなもの眼中にはないということなのであろう。むしろ彼女は妖術使いとして、忍術使いのブラックをライバル視していた節がある。キメラ以降のスーパー戦隊シリーズでも、ワナにかかり、とらわれの身となった正義のヒロインに向かって「たっぷりと苦しめてから殺してやる」と勝ち誇りながら言い放つような場面も増えてはいくが、さながらネズミをいたぶるネコのように、か弱き小娘を痛めつけて快感にひたるサディストのつもりというわけである。
 すぐに殺せばいいものを、じっくりと時間をかけて苦しめながら殺すと言うところに、邪悪な女幹部としての面目躍如だと思っているのであろう。
 そしてじっくりと時間をかけているうちに逃げられる。
 悪の大幹部としての威厳も品格もぶちこわしである。
 いや、そのプライドの高さというのは実は本心を隠すための鎧であって、悪の女幹部という外見とは裏腹に、実は女の子としての心の弱さをかかえた悲劇のヒロインであるとしてドラマを背負わせるというのであれば、それはそれでいい。あるいは失敗ばかりやっているドジな女幹部として、コメディリリーフとして成功したキャラもある。
 どっちにしろ、邪悪さとは無縁のものである。
 よく考えてみれば、ネコがネズミをいたぶっているのを見て、それを残酷だと思う人はいるだろうが、邪悪だと感じはしないだろう。
 だが、ネズミがネコをいたぶったとしたらどうだろうか?
 そのネコは足を縛って動けなくしてあるという前提だが。
 『ゴーグルファイブ』の第39話で、桃園ミキがデスダークの手に落ちたという報告を受けたとき、マズルカはこう言っていた。
 「絵本の中に閉じこめられていては、さすがのゴーグルピンクでも、文字通り手も足も出せません」
 「さすがの」!
 確かに桃園ミキは、今まで自分たちの作戦の邪魔を何度もしてきた憎むべき強敵であることには違いない。しかしだからといって、こんなひょろひょろの小娘ごときに自分たちが今まで何度も何度も敗北を味わわされてきたという事実を認めるのは、プライド高き女幹部なら絶対に言えなかったはずだ。
 下っぱであるマズルカだからこそ言えたセリフである。
 この後デスダークは、帝国の科学力の総力をあげて桃園ミキ処刑にとりかかる。絵本の中にとじこめられ、脱出する方法も分からず、ただ心細げな表情を浮かべながら闇雲に歩き回るミキは、ただのかよわい女の子にしか見えない。そんなミキを見てすら、デスダークに油断の気配はまるでない。まるで猛獣を慎重に一歩一歩檻に追い込もうとする猟師のように、何重にもはりめぐらされたワナの中にミキを導こうとするデスダーク。
 火あぶりの炎に包まれ、体の自由を奪われたまま熱と煙にもがき苦しむミキ。九分九厘まで勝利を手中にしながらなお、燃え尽きようとする絵本に対してマズルカが向ける視線は冷静な観察者のそれであり、高笑いなどとは無縁のものであった。
 視聴者はそのようなマズルカの態度を見て、デスダークという組織の恐ろしさをあらためて心に刻んだことであろう。
 結果的には失敗するわけであるが、デスダークが死力を尽くしてミキを処刑しようとしたという事実にかわりはなく、それは別にデスダークの邪悪さの不十分性を印象づけるものではない。
 ミキの強さが、それを上回るほどのものだったからである。
 しかし、これほどまでにデスダークを恐れさせた、ミキの強さとはいったい何であったのか。

 第33話「シーザー大爆破?!」におけるミキのピンチは、ある意味「悪魔の人食い絵本」以上に重大なものであったと言うことができるかもしれない。
 ゴーグルファイブとデスダークとの間で繰り広げられる「天の腕輪」の争奪戦。腕輪を所有する小学生・由美。彼女を信じ、事情をありのまま話して腕輪を守ろうとしたミキと、小細工を弄して由美から奪おうとしたマズルカ。自分が王家の血筋を引いているという事実にすっかり舞い上がっていた由美が心を許したのは、マズルカのほうだった。そして腕輪はミキが見ている前でまんまと奪われてしまう。
 仲間の男たちと比べて腕力も体格も格段に劣り、弱くて傷つきやすい肉体しか持っていないミキが、戦士として戦うことができたのはなぜかについては、他の箇所で論じた。「人々を守りたい」という彼女の純粋な、やさしい心。その並はずれた強さ。それが彼女に、どんなに傷つけられ痛めつけられても歯を食いしばって立ち上がり、自分よりはるかに強大な敵に立ち向かっていく勇気を与えていた。
 それはゴーグルファイブ全員にあてはまるものではあったが、他の4人にはすぐれた運動神経や身体能力、あるいは優秀な頭脳がそなわっていたのに対して、彼女の戦いを支えていたのは、それだけであった。
 そしてそうである以上、デスダークは絶対に彼女には勝てないのである。
 とはいうものの、それは口で言うほど簡単なことではない。
 第33話で腕輪を守るという任務にミキが失敗してしまったのは、由美を信じたからである。
 奪った腕輪をはめたトラモズーが町を破壊し暴れ回っているのを見たとき、ミキが傷つかなかったはずがない。相手は小学生だ、適当な話をこしらえて、腕輪を強引に取り上げておけば、こんなことにはならなかったのではないか? そんな思いが彼女の心をさいなんだことは違いない。
 しかしミキはそうするしかなかったのである。他人に対して純粋な心で接することをやめてしまえば、もう彼女は戦士でいることはできない。
 そしてそこを突いたのがマズルカというわけである。
 他に頼るものなど何一つない、彼女の戦いを支える唯一の力、それさえ彼女自身を傷つける刃に変えて、彼女自身を襲わせる。デスダークにとって、どんなに強大な暴力を用いようが倒すことのできない強敵・桃園ミキを倒す可能性のある唯一の方法がそれであった。
 ミキのやさしさを利用して、ミキを苦しめること。
 誤算だったのは、彼女のやさしさが、デスダークの想定していたものよりも、さらに上を行っていたことである。彼女自身が深く傷ついていたにもかかわらず、腕輪を奪われてしょげている由美を笑顔ではげまし、取り返すことを力強く誓う。そしてそれがトラモズーのはめた腕輪の魔力をやぶることにつながっていく。しかしマズルカの方法がミキを倒すための最も効果的な方法であったことには違いないのである。
 そしてこれ以降も同様の方法によって、ミキを何度もピンチに追いやることになる。

 結果的にはマズルカの邪悪さはミキの純粋なやさしい心を引き立たせ、またミキの純粋さはマズルカの邪悪さを一層強い印象のものにし、それが物語の対立軸を鮮明なものにして、作品の世界観を強固なものにすることに成功した。
 しかし、桃園ミキのその清らかなキャラクターが外見のかわいらしさと相まって大人気となったのに対し、マズルカのほうはというと、大して人気が出たわけではない。
 当然のことである。
 ヒーロー番組における悪役に第一に必要とされることは、子供たちにこわがられることである。そしてこんなにもこわい敵と戦っているんだと、ヒーローたちの強さや頼もしさを引き立たせることにある。もちろん「悪の魅力」というものを感じさせ、人気のある悪役として成功したキャラもいることはいるが、それは悪としての誇りや哀愁などを感じさせることによって生じるものであり、ただひたすら全身全霊邪悪さで染め上げられたマズルカのようなキャラクターに視聴者が惹かれるなどということはありえない。
 桃園ミキの大成功に味をしめた戦隊シリーズのスタッフは、正義のヒロインだけでなく、悪のヒロインまでも魅力的なキャラクターを出せば、視聴者を二倍喜ばせることになるのではないかと考えたのだろうか。
 そういう意味では確かに『ダイナマン』の王女キメラは成功したキャラだったであろう。
 だが、マズルカが桃園ミキの魅力を引き立て、大人気キャラになることを大きく助けたほどには、キメラは立花レイの人気を押し上げることはなかった。だいたい接点がないし、そもそもそういう役目は最初から担わされてはいなかった。キメラはあくまでキメラという独立したキャラなのである。
 マズルカというキャラが成功し、そのために桃園ミキが大人気になり、その結果としてマズルカのようなタイプのキャラは戦隊シリーズから取り除かれたという皮肉。
 だが、マズルカというキャラクター自体が忘れられたわけではない。
 今でもインターネットでファンの手による桃園ミキのイラストや小説が多く出回っているが、そこにはほぼ間違いなくマズルカがいる。そしてそのキャラの生き生きしていることといったら、戦隊シリーズの、人気のある女幹部のどれよりも上であろう。
 別にそれらの作者はマズルカが好きで登場させているわけではないと言うであろう。しかしマズルカがいないことにはミキの魅力は半減することは、多くのミキファンの知っていることである。意識していようとしていまいと。
 たしかにマズルカは人気のあるキャラクターにはなれなかった。しかし、彼女もまた永遠の生命を吹き込まれた存在である。彼女はこれからもずっと、人々の心の中でミキをいたぶり、苦しめ続けることによって、悪の魅力を放ち、輝き続けるであろう。
 その輝きに、直接気づく人は少なくても。

追記

 マズルカを演じた吉田真弓さんの女優生活がどのようなものであったのかについては、よく分からない。
 『Gメン'75』の第307・308話に竜崎エリカ役で出ていたとか、『世界忍者戦ジライヤ』の第36話に「吉田」という役名でゲスト出演した、という程度の情報を聞くのみである。
 彼女に関する誤解で最も有名なのは、マズルカをやった4年後、戦隊シリーズで今度は正義のヒロイン役を射止めた、というものであろう。これはもちろん同姓同名であるという事実に飛びついたがゆえの誤解であるが、果たして原因はそれだけだろうか。
 『超新星フラッシュマン』のピンクフラッシュ・ルーとマズルカには、共通点がある。
 いずれも戦隊シリーズで消え去ったタイプのキャラクターであるという点である。
 戦隊シリーズは第8作『超電子バイオマン』で初めて「女二人」を導入したわけだが、必ずしもファンから支持されたわけではない。
 女が二人もいると、弱そうなのである。
 スタッフとしてもそのような批判は承知していたと思われる。二人いる場合は、うち一人はルックスはある程度度外視して、とにかくアクションがうまくて強そうな女優を起用するという方針を立て、それが続くことになる。イエローフォー、チェンジフェニックス、ピンクフラッシュ、イエローマスク。可憐系と武闘系とでキャラの描き分けもそれできるはずであった。
 だが、それも四年で終了。再び紅一点に戻る。紅二点はその後も何度か復活したが、今や二人とも可憐系である。
 可憐系と武闘系を出すと、どうしても人気が片方に偏ってしまうのである。二人出すのであれば二人とも人気が出なくてはならないということなのであろう。そしてその結果「弱そう」という欠点のほうが放置されることになった。
 ルーもマズルカも、人気の出たキャラではない。しかし番組を成功させるためには、なくてはならないキャラだったのである。自分自身は目立てず派手な注目を浴びることもない、しかし他の役の持ち味を引き出し立たせるという役目に徹することによって、番組全体の成功に貢献する。そういう役柄は誰かが引き受けなければならないし、実際そういう役目がしっかりと果たされている作品がヒットするのである。
 しかし戦隊シリーズも世間の注目を浴びるようになり、人気の出るキャラ=成功したキャラ、人気のでないキャラ=失敗したキャラ、と決めつける風潮にのみこまれていくことになる。
 現代の特撮ファンが見れば、なんでこんなの出しているの?と思うキャラかもしれない。
 ルーとマズルカの同一人物説の根強さは、その二人の吉田真弓が演じた役柄に対して今のファンが共通の雰囲気を感じることが原因ではないだろうか。